「同じ甘さのはずなのに、人によって感じ方が違う」
この現象は、食品開発の現場でも、日常生活でも、誰もが一度は経験しているはずです。
実はこの“甘さのズレ”の正体は、単なる好みや気分ではなく、舌の上で起きている分子レベルの出来事に深く関係しています。
本記事では、甘味受容体T1Rの中核構造である「VFTドメイン」に焦点を当てながら、
- なぜ砂糖は多くの人にとって安定した甘さなのか
- なぜ高甘味度甘味料は人によって甘さの感じ方が変わりやすいのか
- なぜ「甘さの個人差」は避けられないのか
を、できるだけ分かりやすく解説します。
甘味受容体 T1Rとは何か?
私たちが甘さを感じるとき、舌では次のようなことが起きています。
- 舌の味蕾(みらい)にある味細胞
- その表面に存在する甘味受容体
- 甘味物質が受容体に結合
- 神経信号として脳に伝達
- 「甘い」と認識される
この甘味受容体の正体が、
T1R2 と T1R3 という2つのタンパク質がペアになった受容体です。
このT1R受容体は、単純な「スイッチ」ではなく、非常に精巧な立体構造を持っています。
VFTドメインとは何か?
● 名前の由来:「ハエトリソウ型」構造
VFTドメインとは、クラスCのGタンパク質共役受容体(GPCR)が持つ、細胞外の大きなリガンド結合ドメインのことです。
このドメインは「Venus Flytrap(ハエトリソウ)」に似た構造をしているため、その頭文字を取って名付けられました。
なぜ「Venus Flytrap(ハエトリソウ)」という名前なのか?
それは、このドメインが、
- 開いた状態(甘味物質なし)
- 閉じた状態(甘味物質が結合)
を切り替える構造を持ち、
まるでハエトリソウが獲物を挟み込むように閉じるからです。
● VFTドメインの位置と役割
VFTドメインは、
- 甘味受容体T1R2・T1R3の
- 細胞の外側に突き出した
- 最も大きな構造領域
であり、多くの甘味物質が最初に触れる場所です。
ここには、
- 甘味物質が入り込む「結合クレフト(溝)」
- クレフトを安定化させる周辺アミノ酸残基
が存在します。
VFTドメインで何が起きているのか
① 開いた状態(甘くない)
甘味物質が存在しないとき、VFTドメインは
半開きの不安定な状態にあります。
この状態では、
- 神経信号は送られない
- 「甘い」とは感じない
② 甘味物質が結合する
甘味物質(砂糖など)が来ると、
- 結合クレフトに入り込み
- 特定のアミノ酸残基と相互作用
- VFTドメインが「パタン」と閉じる
この「閉じる」という動作こそが、
甘さスイッチがONになる瞬間です。
③ 閉じた状態が安定するほど甘い
重要なのはここです。
- 閉じた状態が
- より強く
- より安定して
- より長く
維持されるほど、
甘味信号は強くなります。
つまり
「甘さの強さ」= VFTドメインの安定度
と考えられます。
なぜ砂糖は“安定した甘さ”なのか
― 進化とVFTドメイン ―
人類は長い進化の歴史の中で、
- 糖(エネルギー源)を見つける能力
- 糖を確実に感知する受容体
を獲得してきました。
その結果、
- VFTドメインの結合クレフト
- 砂糖が結合するアミノ酸残基
は、進化的に非常に強く保存されています。
✔ 変異が起きにくい
✔ 人種・個人差が小さい
そのため、
- スクロース(砂糖)
- グルコース(ブドウ糖)
- フルクトース(果糖)
は、多くの人で似た甘さに感じられやすい(個人差が小さい)のです。
高甘味度甘味料はなぜ個人差が大きいのか
● 結合が「クレフト外」に広がる
アスパルテームやステビア系甘味料は、
- 分子サイズが大きい
- 官能基が多い
という特徴を持ちます。
そのため、
- VFTクレフトだけでなく
- 周辺領域
- さらには7回膜貫通ドメイン
など、複数の部位に同時に作用します。
● 変異しやすい領域を使ってしまう
問題は、
- クレフト外のアミノ酸残基
- 補助的な結合部位
は、遺伝的変異が起きやすいという点です。
その結果として、遺伝子の違いにより、
- ある人ではVFTが強く閉じる
- 別の人では不完全にしか閉じない
という違いが生じる可能性が出てきます。
これが、
高甘味度甘味料で、甘さの評価の個人差が大きくなりやすい理由です。
VFTドメインと「甘味増強」の関係
VFTドメインの理解は、甘味増強剤の設計にも直結します。
例えば、
- 甘味増強剤が
- 砂糖と同時にVFTクレフトに入り
- 閉じた状態をより安定化
すると、
- 甘味物質そのものは少なくても
- より強い甘さが得られる
という現象が起きます。
ここでも重要なのは、VFTクレフトをどれだけ安定化できるか、なのです。
細胞実験が示すVFTの重要性
ヒト官能評価では見えにくい差も、
細胞培養実験でははっきり現れます。
- スクロース・スクラロース
→ 細胞応答のばらつきが小さい - アスパルテーム・AceK・ステビア系
→ 応答のばらつきが大きい
これは、
- VFTクレフト中心型か
- クレフト外依存型か
という違いと、非常によく一致します。
おわりに
― 甘さは、分子が語っている ―
「甘い」という感覚は、感情的で主観的なものに見えます。
しかしその裏側では、
- VFTドメインが開き
- 分子が入り
- ドメインが閉じ
- 信号が安定化される
という、極めて物理的・構造的な現象が起きています。
甘さの個人差とは、
人それぞれのVFTドメインの“揺らぎ”の違いなのかもしれません。
次に甘いものを口にしたとき、
ぜひ思い出してください。
「今、自分のVFTドメインが閉じているんだな」
そう思うだけで、
甘さの感じ方が少し違って見えるかもしれません。
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本日のまとめ
・甘味受容体、VFTドメインによって甘さの感じ方に影響を受ける
・高甘味度甘味料は、遺伝子が変異しやすい幅広い領域に作用するため、甘さの感じ方について個人差が大きくなる可能性あり
・甘いケーキを食べているときは、きっとあなたのVFTドメインが閉じています
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