「この野菜、苦くて無理」
「え? そんなに苦いかな? 香りが良くて美味しいけど」
同じ料理を食べているのに、感想が真逆になる。
こんな経験、誰しも一度はあるのではないでしょうか。
実はこれ、好き嫌いや食わず嫌いの問題ではなく、遺伝子レベルで決まる“味覚タイプ”の違いかもしれません。
近年の研究では、
・TAS2R38(苦味受容体遺伝子)
・CA6(味蕾密度に関わる遺伝子)
という2つの遺伝子の組み合わせによって、人の味覚がいくつかのタイプに分かれる可能性が示唆されました。
この記事では、
・TAS2R38
・CA6(gustin)
・PAV型、AVI型
といった少し難しそうな言葉を、一つひとつ噛み砕きながら、
「なぜ人によって味の世界がこんなに違うのか」を解説します。
味覚は「生物学的な仕組み」
まず大前提として知っておきたいことがあります。
味覚は、感性や経験だけで決まるものではありません。
実際には、
・舌の構造
・味を感じる細胞の数
・どんな物質に反応するか
といった生物学的な仕組みに大きく左右されています。
この仕組みを理解するカギが、TAS2R38 と CA6 という2つの遺伝子です。
※今回は苦味遺伝子を例にして解説します。
今日は、2025年に発表された以下の文献の内容をなるべくわかりやすく解説させていただきます!
参照文献:Bitter taste perception of TAS2R38-PAV and CA6-A genotype individuals suppresses aroma and flavour perception when consuming “salad” rocket (Eruca vesicaria subsp. sativa)
International Journal of Food Science and Technology, Volume 60, Issue 1, January 2025
TAS2R38とは何か?―「苦味センサー(受容体)」を作る遺伝子
■ 名前の意味
TAS2R38 は、
TAS:Taste(味)
2R:Type 2 Receptor(苦味受容体)
38:番号
を意味します。
つまり、「苦味を感じるためのセンサー(受容体)」を作る遺伝子の一つです。
■ 何を感知するのか
TAS2R38は特に、
アブラナ科野菜(ルッコラ、ブロッコリー、キャベツなど)
一部の植物毒に近い化合物
に含まれる苦味成分に強く反応します。
これは進化的に見ると、「毒を早く察知して避ける」ための重要な能力でした。
PAV型とAVI型とは何か?
TAS2R38には、代表的な2つのタイプがあります。
それが PAV型 と AVI型 です。
■ PAV / AVI の意味
これは遺伝子の中の
3か所のアミノ酸配列の違いを表しています。
PAV
P:プロリン
A:アラニン
V:バリン
AVI
A:アラニン
V:バリン
I:イソロイシン
■ 機能の違い
PAV型 非常に敏感(少量でも強烈な苦味を感じる)
AVI型 鈍感(あまり苦く感じない)
もし、周りにAVI型ばかりの状況で自分一人だけPAV型だった場合、
周りのみんなが「おいしい」と言っていても、
自分一人だけ「え、これすごく苦い!!」と感じる可能性があります。
CA6とは何か?― 味覚の「土台」を作る遺伝子
次に登場するのが CA6 です。
■ 名前の意味
CA6 は
Carbonic Anhydrase VI(炭酸脱水酵素6) の略です。
別名 gustin(ガスチン) とも呼ばれます。
■ 何をしている遺伝子?
CA6は、
唾液中に分泌されるタンパク質を作る
味蕾(みらい)の発達と維持を助ける
という役割を持っています。
■ 味蕾とは?
舌の表面にある、
味を感じる細胞の集合体です。
味蕾が多い → 味覚情報が入りやすい
味蕾が少ない → 情報の入口が少ない
CA6は、この味蕾の数や健康状態に関係しています。
※参考記事:味覚は衰える?~年齢と味蕾の数の関係~
※参考記事:味覚受容体とは?~ヒトが味を感じるメカニズム~
CA6のA型とG型
CA6にも代表的なタイプがあります。
A型 味蕾が多い(味蕾密度が高い)
G型 味蕾が少ない(味蕾密度が低い)
重要なのは、
CA6は「味を感じる遺伝子」ではない、という点です。
味を感じる装置の“数”と“土台”を整える遺伝子
だと考えると分かりやすいでしょう。
味覚は「二つの遺伝子の掛け算」
ここでようやく、全体像が見えてきます。
TAS2R38→ 苦味をどれだけ強く感じるか(センサー)
CA6→ 味覚の受け皿がどれだけあるか(土台)
この2つの組み合わせによって、
味覚は大きく4つのタイプに分かれます。
① PAV–A型(苦味がすべてを支配するタイプ)
苦味センサー:最強
味蕾密度:多い
どう感じる?:苦味、辛味、刺激が非常に強い/後味が長く残る/香りや甘味が目立たなくなる
このタイプの人は、味覚が鋭すぎるがゆえに、楽しめないことがあります。
② AVI–A型(解像度の高いバランス型)
苦味センサー:弱い
味蕾密度:多い
どう感じる?:香りや風味を最初に捉える/苦味は控えめ/味の違いに気づきやすい
料理の細かなニュアンスを楽しめるタイプです。
③ PAV–G型(後味が強烈に残るタイプ)
苦味センサー:強い
味蕾密度:少ない
どう感じる?:食べた瞬間は普通/飲み込んだ後に苦味が押し寄せる/後味がつらい
研究では、このタイプが最も苦味の持続を強く感じることが示されました。
④ AVI–G型(香りと風味を最も楽しめるタイプ)
苦味センサー:弱い
味蕾密度:少ない
どう感じる?:苦味に邪魔されない/香り・スパイス感が際立つ/味全体の構造が見える
「味覚が鈍い」のではなく、香り特化型の味覚です。
味覚は「足し算」ではなく「競合」
ここが最大のポイントです。
味覚は、感度が高いほど豊かになるわけではありません。
むしろ、強すぎる刺激が、他の感覚をかき消す
という競合関係があります。
例えば苦味を強く感じすぎると、
香りや甘味など、他の味・風味が追いやられてしまうのです。
「好き嫌い」は、努力不足ではない
この研究が教えてくれる最も大切なことは、
「感じ方の違いは、性格でも経験でもなく、構造の違い」
という事実です。
苦い野菜が苦手な人
香り重視の人
後味に敏感な人
どれも「正しい」。
ただ、見えている味の世界が違うだけなのです。
おわりに:味覚の多様性を尊重するということ
もし誰かが
「これ、苦すぎる」と言ったら、
「わがまま」「舌がおかしい」と思う前に、こう考えてみてください。
その人には、そう感じる理由があるのかもしれない。
味覚の違いを知ることは、食の世界・視野を広げることにつながります。
食卓で意見が割れたとき、それは価値観の不一致ではなく、多様性の証拠かもしれません。
参考:自分の味覚を知るには?
実際に自分が苦味に敏感か、鈍感かを知ろうとしても、なかなか難しいですよね。
そこで、一般社団法人日本味覚協会では、簡易的に自分の味覚をチェックできる、
「味覚検定チョコ」を開発・販売しています。
難易度別にEASY・NORMAL・HARDの3種類がありますが、
例えばNORMALでは、①~⑤のチョコに甘味・塩味・酸味・苦味・うま味のいずれかが僅かに加えられています。
NORMALでもかなり難しい(全問正解率10%)ですので、
このチョコで苦味を適切に当てることができれば、苦味に敏感だといえると思います。
※現在、バレンタインキャンペーン中です。
是非この機会に、ご自身あるいは親しい方の味覚をチェックしてみてはいかがでしょうか?
以上!本日は苦味の感じ方に関する遺伝子レベルのお話でした!
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本日のまとめ
・同じ食べ物でも、遺伝子タイプの違いにより、感じ方が異なる可能性あり
・味覚感度が低いことが悪いわけではない
・味覚は遺伝子によっても変わりますが、経験やトレーニングによっても変わると考えています
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